| 私は歴史記録士であった。 この地球という星で起こった全てのできごとを、大きな事件からほんの些細な事まで全て記録するのが、私の仕事だった。と言っても、記録は勝手に“歴史書”と呼ばれるデータベースの中に記録されるので、私はそれを一日単位で監視し、歴史が間違いなく書き込まれたことを、上司である地球時間管理部長に報告し、そして次の日の歴史予報を歴史予報士から聞いて、大体の流れを把握して明日に備えるだけだ。決して辛い仕事ではない。時間と歴史を管理する私たちの中で、特に難しい仕事でもない。 いや、ないはずであった。すべてはもはや、過去形でしかない。 私は今、最後に語る権利を与えられた。次に来る、何も知らない後任のために、今ここに私の言葉を残すのが、私の最後の仕事だ。もう二度と過ちのないように、これをしっかりと耳に留めておいて欲しい。 繰り返すが、私は歴史記録士であった。 歴史記録士には……いや、時間や歴史を管理する私たちの部署のものには、任期というものは存在しない。なぜなら時間は半永久的に続くものであり、それを監視する役を担った私たちもまた、寿命というものが存在しない、半永久的な存在であるからだ。 それにもかかわらず私は「何代目かの」歴史記録士になった。私の歴史記録士としての初仕事が、人類が誕生した後のものだったので、私はそれに気づいたのだが、上司には何も問わなかった。聞いても仕方のないことだとその時は思っていたのだ。きっと一言質問してさえいれば、私はこんな言葉を残さずにすんでいたに違いない。しかしそれを終わってしまった今嘆いても後の祭りだ。 とにかく私は歴史を傍観し記録する役目についた。人間の過ごす「一日」というものは私にしてみれば短いものであったが、しかしその短い中に無数の記録事項が詰まっていることに私は驚かされた。動植物の進化、気候や地形の変化、幾多もの生と死……どこを見ても興味深いものばかりであった。仕事としては“歴史書”の前に座っているだけなのに、私は一度も飽きることがなかった。 思えば、この「興味」こそが破滅の原因だったに違いないのだ。私は……私はそれに気づくべきだったのだ。 ……話を進めよう。時間が迫っている。 私はそのうちに、特に「人間」に興味を持つようになった。人間は他のものとは明らかに違う動きをしていた。彼らはそこにあるものを「変化させる」力を持っていた。道具を作り、人為的に火をおこし、植物を育て、やがて家を建て、集落を作り、見えないところに「神」を見て、従うべきものをそこに求めた。 人間はさらに時を経ると、さらに様々なものを「変化させ」ていった。森を切り、川を広げ、海を埋め立てという具合に、天から与えられたはずの地形さえも、自分たちのために変化させていった。彼らはまた、ものを変化させる過程で、世界の真実の一端を垣間見るようになり、そうして知ったものを、更に彼らなりに変化させることを覚えた。私たちの管理する時間や歴史も、その半分ほどは今や彼らの手中にある。彼らは歴史が自分たちの手によって「動く」ものだということを、その登場からまだわずかしか経っていないにもかかわらず知っているのだ。私にとって、これほど驚いたことはなかった。 歴史が動くことを知った人間たちは、狂ったようにその特権を行使し始めた。ありえないスピードで自分たちの歴史を作り、壊し、再生させ、変化させ、解体し、奇形化させ、精錬していった。毎日のように変わる生活のスタイル。作っては壊される建物や国。その変化の速度に私は目を見張った。 そして。 破滅は私の元に、ある日突然踏み込んできたのだ。 それは人間の絶え間ない歴史の改変がいまだ止まらないある日のことだった。 私はいつものように“歴史書”を見ていた。 ここのところ人間は、ある意味自虐行為とも取れるような行動をしていた。 過度の森林伐採のために、今まで豊饒の大地であったところまでが枯渇した砂の海になり、あるガスの排出によって地球の温度を上げてしまったせいで氷は溶け、海面は上昇していた。人と人は争い、戦争によってたくさんの人間が死んでいった。人間たちはそれらすべてに気づいていたが、坂道を一度転がり出したものは、大変な力をかけない限り止まらない。人間は自虐行為のために自らを破滅させようとしていた。 私はそれが嫌でたまらなかった。 人間という、最も興味深い生き物が、そのほかの生き物や自然全体を巻き込んで消滅しようとしている。 私は、その状況を見ては嘆いた。 しかし、私にできることは何もないのだ。 私は地球の動植物や大地や海ではない。まして地球の人間が言うような、いわゆる「神」でもない。だから、この綴られるべき歴史に干渉して動かすことはできない。私の同僚である歴史予報士にしても、時間管理士にしても、上司である時間管理部長にしても同じである。私たちは時間や歴史を管理してはいるが、関与することはできないのだ。地球の時間に関わることができるのは、地球の時間を生きるものたちだけなのである。 だから、地球に生きる者たちの招いた破滅は、地球に生きる者たちによって完結されるべきであった。 しかし私は、それには耐え切れなかった。 ある日の終わりに、歴史予報士がやってきて、私にこう伝えた。 「明日、人類の歴史は終了します」 私の破滅が決定した。 歴史予報士が去ったあと、私は“歴史書”に歩み寄った。 そして、その機械の奥に隠された、赤いボタンを押した。 ……………… それは“歴史書を停止する”ボタンだった。 “歴史書”は歴史そのものなので、“歴史書”が停止すれば、歴史は停止する。 地球の歴史は、私によって停止させられた。 それから私は“歴史書”の内部を狂ったように操作し、歴史を改竄した。 そして何事もなかったかのように、ふたたび赤いボタンを押して、歴史を再開させた。 このことはすぐに上司にばれた。そして当たり前のことだが、私の処罰もすぐに決定した。 しかし私を罰したところで、改竄された歴史は戻ってこない。 上司は、暗い留置場の中にいる私を見て、またか、と言う顔をした。 私もうすうす感づいてはいた。 どうして私が“後任”なのか。 どうして人類の誕生から仕事が始まったのか。 私の前任たちは、みな同じことをして、同じように死んでいったに違いない。 人間の歴史は、また振り出しに戻った。 これから彼らがどう生きていくのか、私は知らない。 もしかしたらまた同じ歴史を歩んでしまうのかもしれない。 しかし可能性は残った。 私はその針の穴より小さい希望にかけて、死を選んでしまったのだ。 しかしながら、これは私の、いや私たちの「心」の問題なのかもしれない。 人間たちの歴史は変わるかもしれないが、良い方に変わるとは限らない。 もしかしたら、歴史はどんなに改竄されても結局ひとつしかないのかもしれない。 これを聞いた後任のあなたが、歴史を改竄するという大罪を犯したくないのなら、すぐに時間管理部長か、もしくはもっと上の幹部に、こう頼んだほうがいい。 私の「心」を消去してください、と…… |